2008年05月09日
収容所での暮らし
本当に痛ましい歴史ですね。
こんな事が無いようにしていってほしいです。
選別
ドイツ統治下の各地より貨車で運ばれてきた被収容者は、オシフェンチムの貨車駅(1944年5月以降は第二強制収容所ビルケナウに作られた鉄道引込線終着点)で降ろされ、「収容理由」「思想」「職能」「人種」「宗教」「性別」「健康状態」などの情報をもとに「労働者」「人体実験の検体」、そして「価値なし」などに分けられた。価値なしと判断された被収容者はガス室などで処分となる。その多くが「女性、子供、老人」であったとされる。
ナチスの制定した法の多くがそうであったように、選別は、「法令」に比べ規範(簡単に言えばルール)のあいまいな「訓令(または通達)」を受けて遂行される。そのため規範の細部については「選別担当者」や「選別担当者が所属するグループ」の裁量に任された。「人体実験の検体として”双子”を選別する」といったような規範が、医師のヨーゼフ・メンゲレによって付け加えられたのはその一例である。ここで注意したいのは、通達などの書類に具体的な記述がないからといって「実際にそのような行為はなかった」とは言い切れないということだ。
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